弁護士等情報

ある過労死事件 ―公式は役に立たない―

 尼崎にOさんという六〇歳すぎのタクシー労働者がいた。
 高血圧症だったが、治療を必要とする程ではなかった。
 毎日、日中だけ働いていたが、会社から隔日勤務(当然深夜労働となる)で働くことを要求され、断りきれず、隔日勤務形態で働きはじめた。
 そして、わずか三ヶ月後の厳冬の午後ハンドルを握ったまま、脳内出血で倒れているところを、発見され、間もなく亡くなった。隔日勤務労働が、死亡の原因としか考えられない。
 遺族(妻)の依頼で、私は労災認定を求めたが、斥けられ、神戸地裁へ提訴した。
 渡部、本上、松山弁護士の参加により、一審で勝訴し、二審(大阪高裁)でも勝訴し、そのまま確定した。
 一、二審判決とも「深夜労働を伴う長時間労働は、人間の生活リズムに反する。」と明確に認めており、本件判決は、他の深夜労働下での労災事故についても、展望を開く射程距離の長いものとなった。

 労働事件(労災事件を含む)では、当事者が頑張ることが決定的に重要だといわれている。
 しかし、本件で、遺族は訴えをおこすのを嫌がったし又裁判の途中で、訴えを取り下げたいと口走ったこともある。
 勝つ展望がうすいと考えたからである。
 そこで弁護士が、遺族を説得した。公式は役に立たないし、そんなのをあてにしていたら、裁判そのものがなくなってしまったことは明らかである。

 また、職場の労働組合の協力が大事といわれている。
 しかし本件の場合、労働組合は「このケースで労災が認められたら、会社は六〇歳すぎの労働者を雇わなくなってしまう。」との理由で協力を断ってきた。私がもし公式にとらわれていたら、組合の協力が得られないとの理由で、提訴しなかったかもしれない。

 更に、職場の労働者の協力が大切であるとも言われる。
 これはたしかにそうだ。協力がないと、労働実態が、判明しないからである。本件の場合、退職していた、かっての同僚、Nさんが証言して下さり、多いに役立った。しかし実は、何度も証人になることを断っていた。
Nさんを説得したのは弁護士である。
 日本社会のありようと関係して、労働者は、決して、すばらしいわけではなく、勇気に欠ける人々の多いのが現実である。協力をあてにはできない。
 現に、私は、証人になってもらうべく、同僚でかっての親友Sさんを、職場に訪ねたが門前払いされた。
問題は、いかにして(嫌がる)労働者の協力を引き出すかにある。

 ところで、具体的理論構成は、弁護士の本来の仕事である。
 本件では、渡部、本上、松山弁護士の参加がなければ敗訴していた。三人は、おそらく、労働問題の弁護士としてはトップレベルだろう。
 注意すべきは、弁護士が法廷仕事だけに専念したのではなく、勝つために、何をすべきかを考え、具体的に指示しそして実行していったことである。
 当事者や、組合や、職場の個々の労働者が弱い場合「どうしても勝ちたい」と思うときには、弁護士は弁護士であると同時に、オルガナイザーの役割をも引き受けなければならない。そうでないと勝てない。
 現実と具体的事実にだけ立脚して、何をなすべきかを冷徹に考えて、実現していくことが大事である。その場合いかなる公式も役に立たない。

 同時に思うのは、人間は多面的であり、飛躍するということである。
 遺族は、夫婦愛の強い賢い方であった。遺族は、毎日、日記をつけており、それにOさんの日常―隔勤になってから、しんどくなっていく状況―がこまごまと記されていた。それをもとに遺族は証言し、裁判所は、全面的に信用した。
 判決が確定して、遺族との間で、弁護士費用が問題になった。
 通常の場合より多く請求したが、遺族はそれを上回る費用を払うといってきかなかった。
 「私が挫折しかけたのは事実ですから。」と率直に述べ「もっと、多くとって、渡部弁護士さんたちに渡して下さい」と言い張る。
 ありがたく、承諾したら遺族はそれはそれは、嬉しそうな顔をされた。又、Nさんも最後には決心して証言台に立たれた。
 Nさんが証言に立つことを承諾されたとき、感動的でさえあった。人間は飛躍するときがあるのだ。
 勝訴を心から喜んだ人が数人いるが、そのうちの一人はまちがいなくNさんである。

(平成7年5月記)